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栃木県小山市/整体/肩こり/腰痛 HAPPYぱざぱ整体院です♪
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* HAPPYぱざぱ整体院   院長ふじぬまの紹介 *

++ 『HAPPYぱざぱ整体院・院長の幸せ探し物語』 ++

栃木県小山市 HAPPYぱざぱ整体院の院長 藤沼 諭です!

はじめまして。HAPPYぱざぱ整体院院長の藤沼 諭です^^

関東の片隅にある茨城県の協和町というところで院長の藤沼は生まれました。
1973年の12月9日のことでした。天気はたぶん曇り。
藤沼 諭(ふじぬま さとし)です。

茨城県の西のはずれの方にある・・・・いわゆる田舎にある小さな街です。
お米と野菜を作る・・・まあ、中規模の農家の家に生まれます。

そんな農家の長男として生まれたというわけです。バリバリの跡継ぎということでしたが・・・。

++ 整体ぱざぱ院長の幼少時代 ++

そんな家に生まれましたが、農業が全く好きではありませんでした。
なぜ好きでなかったか・・・?
両親が楽しくやっている姿を一度も見たことがなかったから・・・と今は思います。

まず・・・。
農業をやっている家は簡単に言うと、休みがほとんどありません。

両親もほとんど休みなく、仕事をしていました。

その上、もし休みがあっても、両親はもう疲れを取るだけが休日に出来る精一杯の日々でした。

当然の如く・・・しわ寄せは小さな自分に来ました。

幼い頃から1人で過ごすことがあたりまえの毎日でした。
両親が傍にいたという記憶が、全くというほどありません。

小さな自分にとって、お父さんが遊んでくれる、お母さんがいつも傍にてくれる。
そんな普通が・・・当たり前なことが凄く羨ましくて羨ましくて・・・同時にそんな家庭を見るのが嫌で嫌で仕方がありませんでした。

それでも毎日の食事の時間は両親と一緒でしたが、両親は仕事にいろんな事に疲れ・・・いつも会話のない、無言の食卓でした。

一緒にその場にいるだけで、苦しさだけが伝わる、苦しいだけの時間。
そんな時間が小さな頃からず〜〜っと当たり前に続いていました。

そして、小さい頃から、ずっと抱えていたある悩みがありました。

++ 小さい頃から誰にも言えずに悩んでいたこと ++

その悩みとは・・・。 先端恐怖症というものです。

先端恐怖症とは、とがった物・・・鉛筆の先や包丁の切っ先などが怖くてみれないという症状です。

家の中をちょっと見渡すだけでもたくさん・・・突き出しているものはすべて、恐怖の対象になりました。

はじめは尖ったのが嫌なの(先端恐怖症)は、小さい頃はみんな、怖いのかな・・・と思っていました。

先端恐怖症という名前を知ったのは、ず〜〜っと後のもっと大きくなってからのことです。

周りのみんなにはないのに、自分だけにある先端恐怖症・・・・。

そう気付いた時は、なぜ!!と何度も何度も叫びたくなりました。

「なぜ自分だけが!!先端恐怖症で苦しまなければならないのか!?」

小さいながらに、そんな思いをいだき、誰かを・・・・そして自分を責めていた気がします。

そしてこのことを、ごく最近まで、誰にも話したことがありませんでした。
もちろん家族にもお医者さんにも。

両親は全くというほど、その事に気付きませんでした。

両親には話しても、『聴いてもらえない』と思ったのは・・・
両親の状態にはいつも、余裕というものが感じられませんでした。

++ 両親との会話の記憶、思い出がありません ++

幼い頃、中学にあがるまで。
自分には両親と話した記憶がほとんどありません。会話の記憶だけでなく、色んな両親との思い出も・・・でてきません。

怒りや悲しみなどの強く、辛い感情の波の記憶が漠然とあるだけ・・・。

小さな頃から両親は仕事家族の問題に追われ。

ココでは書けませんが・・・両親がそこまでになるには「複雑な誰にも言えない理由」がありました。
子供にはもちろん、そして他人にも絶対言えないような理由が。

今思うと。 両親は自分自身の事で精一杯で、とてもとても苦しんでいたんだと思います。

・・・・子供のことを気にする余裕がないほどに・・・・・。

そして小さな自分には、理由はわからないまでも怒り、悲しみ、苦しみありとあらゆるネガティブな感情が伝わっていた気がします。

そこが小さいながらに、恐怖という感情として感じていたのかもしれません。

++ 整体ぱざぱ院長がず〜っと欲しかったもの ++

そんな自分にいちばん欲しかったものは、
『家族団らん』、『温かいやさしい家庭』

そんな一番家族を感じられる家族団らんの、楽しい食事の時間。

それが自分には、とてもとても苦痛な時間だった。
そんな唯一の、家族の団らんの時間が自分にはありませんでした。

ただ同じテーブルにある料理を食べるだけ、無言で・・・。
そして美味しく感じない食事。

会話も当然弾まない・・・というかない。そして何をしているかというと、みんなテレビを誰もいないように一人で見ている。
食事がただの義務や作業になっていた気がします。

そして・・・。夕飯時は自分にとって恐怖の時間でもありました。
(詳しくは個人の話になるので避けます。)

すべての食事がとても苦しい時間でした。

小さい頃からそんな会話の無い日常が続いて、自分はまともに話すことができない子供になっていました。

そして・・・。簡単に言うと我が家では、会話があってもそのほとんどが
不平不満、愚痴、怒り、心配事などしか出てこない
そんな状況でした。

それも小さい頃から・・・。ず〜〜っと。

愚痴、不平、不満、怒り・・・ネガティブな思いの声だけは、めちゃめちゃ
たくさん聞いて育った気がします。

そして・・・そんな父と母がとてもとても嫌いになっていました。

++ 整体ぱざぱ院長の中学時代 「目の病気」 ++

そして小学校、中学校に上がるにしたがって、
先端恐怖症がどんどん重くなっていきました。

鉛筆を持つのも駄目で、勉強をするのがとにかく苦痛でした。
色んなものが目に付き、まったく集中できませんでした。

そんな嫌々や苦しい思いがど〜〜っと出たのが、中学の時・・・
目の病気
でした。

大学病院で手術をしたのですが、失明の可能性もありました。

目の手術は、先端恐怖症の自分には、恐怖以外の何者でもありませんでした。

今でもこの時のことを想像して思い出すと、恐怖がよみがえってきて恐ろしくなります。

そのときの名残で、左の目が濁っています。

そして視力はこのことがきっかけで目に見えて落ちました。

そして高校に行く頃には視力が極端に落ちて、眼鏡が必要になっていました。
ただ眼鏡をするのも自分には苦痛でした。

この頃には、先端だけでなく、目の前にちらつくものもほとんどが駄目になっていたのでした。

++ 高校を卒業してからの「孤独」「恐怖」 ++

そして高校を卒業。
この頃になっても変化は乏しく、心を閉ざした子供のころのままでした。

友人も少しはいましたが・・・。ココロのうちをず〜〜っとあかす事が出来ませんでした。

実際それも中学の友人数人のみで・・。それ以外でずっと最近まで友人が出来たことがありませんでした。
それくらい人間関係が希薄でした。

とりあえず、家でひとりでの生活が・・・孤独が習慣になっていました。

自分の中では孤独が、ごく当たり前の状態になっていたときでした。
・・・・というか、いろんな意味で人が、周囲が怖かったのかもしれません。

とにかく、すべての音と見えるものから耳と目を塞いでいた・・・そんなときだった気がします。

なかなか就職も出来ず、人と会う機会もぐっと減り、どんどん周囲に溶け込めなくなっていきます。

++ 整体ぱざぱ院長が『トラックの運転手』だった時 ++

何とか落ち着いたのが、トラックの運転手でした。

自分にとっては家にいることがいちばんの苦痛だったから、選んだのかもしれません。

幸いトラックの運転手は仕事のほとんどが一人だったので・・・・。
気分的に楽で、まあまあよかった気がします。

・・・・雨の日を除けば・・・・。

先端恐怖症の自分には、雨の日の車のワイパーが死ぬほど駄目でした。

ワイパーの動く先端が視界に入り、まともに目を開けていることも出来ず、とてもつらかったんです。それでも我慢して続けました。

そんな我慢の限界を超える日が来ました。

仕事中にぎっくり腰になり、それ以降腰痛がひどくなりました。
そして、何度もぎっくり腰を併発して・・・。
つらい慢性的な腰痛に悩むようになりました。それでも無理して頑張り、仕事を続けました。

この時に整形外科とかに行っても、いつももらうのは湿布と痛み止め。

何度通院してもよくならず、最終的に言われたのが・・・。
痛みに耐えられる体にするため、腹筋と背筋をつけましょう・・・ということでした。

自分ではとにかくここでも痛みから逃れるため、頑張ってみました。
毎日せっせと腹筋、背筋を鍛えました。
それでも痛みはなかなか収まりませんでした。

そして、ある日のことです。
深夜にトラックに乗り、荷物を積み出かけました。
その日、出先で事故は起こりました。

どっか〜〜〜〜ん!!!

自分の運転でかなり大きな交通事故を起こしました。
大きな国道での、大きなトラック同士の衝突でした。

今思うと、無理がいろいろ重なった結果起きた、そんな気がします。

そのときの恐怖は・・・・。
なんとなく感覚が麻痺してしまうような恐怖・・・でわかるでしょうか?

トラックはものの見事につぶれ、一歩間違えば、人もぺしゃんこという危ない状況でした。

この事故をきっかけに、トラックに乗るのが心底怖くなりました。 トラックに乗れなくなり・・・トラックの運転手を止めました。

++ 整体ぱざぱ院長の『うつ状態』と『不幸のどん底』 ++

その後、お金のために仕事を探しましたが、自分にとって仕事は嫌なことの連続でした。

まず人と一緒に働くのがとにかく苦痛という感じでした。
色んな思いがあっても・・・・その思い、気持ちを全く伝えられなくて・・・。

今、思うと先端恐怖症の上に対人恐怖症のようになっていたのかもしれません。

そして、どんどん仕事が出来なくなっていきました。
何もやる気が起きなくなり・・・。 どんどん気分的に落込んでいき・・・。

無気力、無関心、ひどい倦怠感、ココロとカラダのつらい状態が続き。
いつしか・・・。
ふか〜い極度の『うつ状態』になっていました。

まさにネガティブな思いの深い海の底に、ただひたすら落ちていきました。

この当時はうつ病がそんなに一般的ではなかった頃です。

この時の自分は愚痴や不平不満、ありとあらゆる不快な思いや言葉を、自分に対しても人に対しても、心の中で沢山ぶつけていた気がします。

そしてそのことがすべて、自分自身に痛みとして降りかかっていたんだと思います。

この時が自分的にはホントの『不幸のどん底』だった気がします。

++ 整体ぱざぱ院長が『死を覚悟』して ++

そしてそのうち考えることは死ぬことばかりになっていきました。

こんな時も誰にも相談できず、気持ちを伝えられませんでした。
そして、ある時・・

死を覚悟して。

死ぬための薬を用意して・・・。
これでもかと大量の薬を一気に飲みました。

そして、飲んでどうなったかというと・・・・。

メチャメチャ苦しんで・・・。のたうちまわって・・
げ〜〜げ〜〜!!吐きまくって・・・

結局は・・・・・。

死ねませんでした。
そして今こうして生かされています。

今思えば。
凄い量メチャメチャのみましたから。
死ななかったのが不思議なくらい・・・・。

もちろん、そんなに苦しんでも誰にも発見されず、また誰にも言えず・・・。

2日くらい苦しみまくって。
今思えば、よく家族が気づかなかったなぁと・・・思います。

見つかっていたらたぶん、即救急車・・即胃洗浄・・・即入院というコースだったと思います。
自分でもよく生きてたなぁと思います。

そして自殺願望はだんだん・・・・意気消沈していました。

心から幸せになりたいという思いが表れてきていた、そんな気がします。

一度、死を体験(一歩手前まで)して・・・・なにか変化が起きたのかもしれません。

++ 変わりたい!人を愛したい!という前向きな気持ち ++

この頃、ずっと一生このままなのかな・・でもこのままじゃ嫌だな、変わりたいな、人を愛したいし大切にしてみたい・・・と前向きな考えがちょっとずつでてきました。

そんな時、妻と出会いました。

逢った瞬間「やばい!かわいい・・」と思った妻との出会いでした。
初めてのあったかい気持ち。
心から大切にしたい!こんなにもかわいく、愛しいと思う気持ち!これは絶対に逃しては駄目だ!!と思いました。

それからはというと、自分なりに一生懸命、不器用ながら必死でアプローチして・・・ なんとか振り向いてもらい・・・。

晴れて結婚・・・・☆

この時はじめて人に、妻に思いを伝えられました。それが生涯で一番大切な妻めぐみとの出会いでした。初めて幸せを感じた瞬間だったかもしれません。

++ 整体ぱざぱ院長の『2度目のどん底』 ++

そして結婚を期に家を出て、栃木県のアパートに越しました。
その後数年が立ち、そろそろ順風満帆になるのかと思った矢先・・・。

・・・・会社が倒産。

なんで〜〜!!自分が〜〜!!と思いました。

いよいよもしかしたら自分もほんとに幸せになれるのかぁ・・・と思った矢先の出来事でした。

会社が突然倒産したことで、就職活動をするまもなく・・・。

仕事を失い・・・失業・・・。
そして収入ゼロ・・・・残るのは数千万円の借金。
貯金はほんの少し・・・。

今、思えば、つくづく思い通りになった人生だなぁと・・・我ながら思います。

ネガティブな思いを持ち続け、その思いがすべて形になった。
そんな人生。

当時はなんて自分はついてないんだろう、運がとことん悪いなぁ自分と・・・ただただ悲観してました。

ついでに、結婚を期に頑張ってローンを組み、一軒家を建てて間もない状態での会社倒産でした。
まったくというほど借金の返済も進んでいませんでした。

とことんついていませんでした。

ただこの時、確かに妻とは結婚できましたが・・・。
自分自身の中では、以前の状態をかなりひきずっていました。

完全にうつ状態を脱したわけではありませんでした。

体調も決して良くはなく。辛い状態を抱え・・・。やはりまだまだ妻以外に思いを伝えることが出来ずにいました。

仕事になんとかついても体調を崩し、何度となく眩暈がしたり、胸が苦しくなり息が出来なくなったりを繰り返し仕事が続きませんでした。

多少あった蓄えも日を追うごとになくなっていき・・・どんどん精神的に追い詰められていきました。再び死が脳裏をよぎったことも何度となくありました。

この時が人生2度目のおっきな『どん底』だった気がします。

妻にもとても苦労をかけてしまいました。
このあたりが、20代最後の年くらい。

当然、妻ともギクシャクした時期もありました。
何度となく、妻を泣かせてしまいました。
そして心から、心の底から色んなことを考えました。

そんな状態が続いてしばらく経った頃・・・。
色んな思いが募り、以前死のうとしたときの思いなど、色んなことが頭にめぐりました。

++ 整体ぱざぱ院長が『整体師』を選んだわけ ++

そして・・・。
このままでは嫌だ!何とかしたいなぁという思いにあわせて・・・。

なんとなく少しずつ、自分の中にさらなる変化が訪れていました。

こんな時です。

普通の会社員は自分には向いていない。
今度はお金のためじゃなく、生活のためでもなく、好きな仕事がしたいなぁと思ったのは・・・。

ほんとに心底そう思った気がします。

そして同時に、『最高に幸せになりたい!』と心の底から思いました☆

そして、仕事をするなら、幸せにかかわる仕事・・・。
人が幸せになるお手伝いが出来る仕事が良いなぁと、漠然とそんなことが心の中に浮かんできました。

そんなときに・・・・。
整体師の学校の募集広告が載っている雑誌を目にしました。

それまで整体は受けたこともなければ全く興味もなかったこともあり、視界にすら入ってきませんでした。

それがそのときは違っていました。

見た瞬間これだ!!!と直感で思いました。

整体師の仕事なら人のためになるし、自分も幸せになれるかもしれない。
そう感じ、なぜか迷うことなく整体の学校に行くことを決めていました。

そして住宅ローンもあるのに・・・なけなしの貯金をはたいてアルバイトしながら学校に行くことにしました。

当然みんなに反対されましたが・・・。

自分的にはこれしかないと思い、大きな一歩を踏み出しました。

この辺から少しずつ前向きな方向に・・・プラス思考に転換していったんだなぁと思います。

ただなんとなく自分が思っているのとちょっと違いました。
簡単に言うと・・・。

失敗しました。

ただ、失敗するにも意味があることに、このあと気付きました。
なぜ失敗したのかを知ることがまずは大切なんだということに・・・。

なぜ失敗と感じたかというと

学校で学ぶうちに・・・自分がとっても苦しくなったんです。
そのやり方とか・・・いろいろなことが・・・・。

自分が見た整体という仕事には、痛いこと辛いことが溢れていることに気付いたんです。

人が幸せになるのを手伝う、凄い仕事のはずなのに・・・それ以上に、辛い体を抱えてとても幸せと思えないような状態で仕事している人が多いことに驚きました。

人によっては整体をする人のほうが受けに来る患者さんよりカラダの状態がひどい・・・なんてことも当たり前のようにありました。

そして整体施術も、痛いことが当たり前のように通る現実がありました。

実際、整体を受けてこんなに痛い事、痛みを感じるような指圧やマッサージなどの強い施術をされて、ほんとに良くなるんだろうか?
いつも疑問に思っていました。

確かに効果がある人もいるかもしれないが・・・自分のように痛い、辛いと感じる人はどうなんだろうと?大丈夫なのだろうか?と・・・。思う毎日でした。

そして自分の中ではなんか違うのでは?という思いが強くあり・・・。
だんだん続けていくのが苦しくなっていったんです。

特に学校では・・・。お互いに練習台になって施術しあい学んでいくんですが、自分には痛くて辛くてもうやめてくれ〜〜!!!という連続でした。

足を無理にひねられて捻挫したこともありますし、あまりにも刺激が強い施術で、いつもカラダのあちこちが痛くなっていました。それでも勉強だからといわれて我慢していました。

すごく良い仕事にめぐり合ったと思ったのに、現実は驚くほど違いました。
もちろん良い面もありましたが、自分には辛い面ばかりが見えてしまっていました。

++ 『整体師』なのに、自分の心と体が苦しかった ++

そして同時に心の苦しさに合わせるように・・・。

カラダのほうも苦しくなってきました。
以前からあった腰痛がまた酷くなり・・・。肩こり、頭痛も頻繁に起こるようになりました。

整体という仕事の選択は良かったんですが・・・。
まだまだネガティブな流れを出しまくりだったんでしょうねぇ・・・。
学校選びが自分に全くというほど合わなかったみたいです。
とにかく自分には合いませんでした。今思えば、とにかく心地よくなかったんです。

ただココでまた感じたこと・・・・。

いつになっても変わらない現実・・・。
自分が就職したところにも常連さんという人たちがいましたが・・・。
常連さんになればなる人ほど状態が悪い・・・
つまり通院しても通院しても良くならないどころかひどくなる現実・・・。

そして・・・。
よくならないことに気付いた人だけが幸せを求めて、他の良くなる整体院を求めて離れていく現実。

それはなぜなんだろうと・・・・考えました。

・・・・これは果たして、今自分がしていることが良いのだろうか?ということを再び自分に問いかけることになりました。

腰痛は酷くなり、腕も上げるのが辛くなり・・・。それでも頑張り続け、整体の仕事をしている自分が本当に整体院にこられる患者さんより状態が悪いのでは・・・?

そして、これでは駄目だ!!このままでは、自分が探している幸せには近づかないと思いました。

整体という職種的には自分にはとてもあっている気がしましたが、いまの状態は何かが大きく違うと感じていました。
施術方法も、考え方も・・・・すべての事が・・・。

好きなことをしているはずなのに、好きなことが全く出来ていない!!

人が幸せになるのを手伝う素敵な仕事なのに・・・自分が幸せでなくて良いんだろうか?

自分が辛い腰痛などの症状を、こんなにも抱えていて良いんだろうか?

相手が辛いと感じるようなことをして、人はほんとに元気に幸せになれるのだろうか?

・・・・そんなことを感じ・・・ひたすら自問自答していました。

++ 人生を変えた『操体法』との出会い ++

そんなときです。

整体の学校で以前もらった本をぺらぺらとめくっていた中に
『操体法』という名前があったのは・・・・。

自分にとって『人生で一番大事な生き方』との出会いでした。

はじめは操体法ってなんだろう?という疑問が湧きました。

体操?・・・かな?
・・・とお約束のようなことをちょっと思い。ただ漠然と惹かれるものがありました。

その学校でもらった本にはほとんど名前とちょっとした写真だけで何もわからず・・・。 とにかく知りたいと思い、どんなものか調べてみようと思いました。

なぜかココに今までの疑問が晴れる何かがある!!!
そう感じました。

そして・・・。ネットで検索して・・・。
まず操体法の本を買いました。

初めて手にした操体法の本は、操体法の創始者である橋本敬三先生の「万病を治す妙療法」という本でした。
この本に出会い。ますます操体法に興味を持ちました。

そして同時に本では分からない部分も沢山あり・・・特に施術法とか・・・。
さらに操体法を学べるところはどこだろうと調べました。

そして見つけたのが・・・。

操体法の師匠でもあり、
人生の先生でもある
今昭宏先生のホームページでした。

今先生は操体法を作られた橋本敬三先生と晩年をともにし、最終的な操体の技と心を受け継いだ先生です。

今先生のホームページをはじめてみた時・・・。
ココだ・・・ココしかないと思いました。

今先生のホームページを見て、なんか見ただけなのに救われた気がしたんです。

そして・・・・。
講習会の映像が映ったDVDがあるというので、どんな感じのところでどんな先生がどんなことをしているのかみてみようと取り寄せてみました。

まず・・・行く前に知りたかったんです。
不安を少しでも取り除くために・・・。

そして、講習会の模様が収められたDVDをみて・・・。
『いいなぁ・・・・』って心から思いました。

すごく暖かい、なんか自分にもいけそうだなぁと感じました。
こんな自分でも今度こそ大丈夫かも知れない・・・そう思いました。

そしてDVDの映像をみてまもなく・・・。今先生にメールで講習会の参加を申し込みしました。

そして無事、今先生が毎月行っている講習会に申し込みが出来ました。
ただメールを送るだけですが、電話は怖くてできなかったので、申込みができたときはホッとしました^^

自分の人に対する恐怖はかなり根深い気がします。
特にこの頃はまだまだ沢山かかえていました。

そしてドキドキしながら・・・初めて今先生の操体講習会に参加しました。

場所は宮城県の仙台市です。
そこで毎週開かれている土曜日講習会に参加しました。

仙台は人によってはすごく遠く感じるかもしれませんが、この時の自分には全く距離を感じませんでした。とにかく今先生に会ってみたいそんな思いでした。

++ 大丈夫だよ。ここにいても良いんだよ。 ++

初めて今先生に会った印象は・・・。

とにかく不思議でした。

なんか自分がここにいて良いんだぁって心から思いました。

こんな感じはもしかしたら初めてだったかもしれません。

初めてあったのに今先生といるだけで安心する・・・そんな感じ。
まあ、多少ぎこちないところはありましたが・・・。
自分にとっては驚くべきところでした。

会ったその時から・・・・なんか大丈夫だよって誰かに言われたようなそんな気がして。

あっという間に講習会が終わりました。初めて触れる操体法に驚きと嬉しさといろんな事がありましたが・・・一番は今先生の持つやさしい、何でも包んでしまうような雰囲気と言葉の一つ一つに触れることが出来たことが何より幸せな時間でした。

最後に今先生に見送られながら帰るとき、ココにもっといたいなぁ今先生の話もっと聴いていたいなぁと思いました。

そして・・・。
帰り道に車を運転していたら・・・。

ぼろぼろと涙が溢れてきました。

涙はとめどなく溢れ、いつまでも止まりませんでした。

やっとあった・・・やっと・・・見つけられた・・
そんな気がしました。

とても暖かい嬉しい涙でした。

今まで、こんなに安らかな空間にいたことがありませんでした。

だいじょうだよ、いいんだよって言われているような・・・。
そんな感じでした。

自分が求める道がここにある・・・・幸せの道はココにあるんだと感じました。

それからは毎月、仙台の今先生のもとへ通う日々になりました。

最初は操体を学びたいという気持ちで行きましたが・・・。
今先生にお会いしてからはただただ今先生に会いたい今先生の話が聞きたい、同じ空間にいたい。 そんな思いで足が仙台に向かっていた気がします。

++ 幸せになる生き方。自然の法則 ++

そして・・・。
整体の仕事を選んだことは間違っていなかったっておもいました。

自分が求める姿が操体の考え方であり、今先生そのものでした。

そして・・・。自分がなりたい幸せの形と整体の形もそこにある気がしました。

今先生が言った 『操体を踏み台にしてどんどん好きなこと。やりたいことをやってみると良い』 という言葉が嬉しかったです^^

操体は幸せになる生き方そのものであり、はっきりした形は『ない』んです。
あるのはその人一人一人の違いの数だけ形があるんです。
その形が世の中に数多くある健康法であり、治療法なんです。
人は一人一人違います。感じ方も生き方もすべてが違います。

ただひとつだけ、はっきりしているのは・・・・。

気持ち良いことをしていれば良いんだよってことだけです。

これは自然の法則です。

操体に限らず・・・すべてにあてはまる法則です。

そして人は自然と幸せになるために生まれ生きているんです。

そんなことを操体と今先生の出会いを通して学びました。
そして・・・。
人が幸せになれないのには、理由が必ずあるのも知りました。

人は気持ちが良いことをしていれば幸せになれるのに・・・反対の事をして自分を苦しめ続けているんです。

そして・・・それが日々の生活の中にあるんです。

毎日の食事・・・食事が皆さんの体を作っています。

毎日一瞬一瞬繰り返す呼吸・・・食事と合わせて体を作っています。

毎日の体を動かす・・行動すること。体を日々動かすことで心とカラダの状態が維持されます。

毎日思い考えること・・・・毎日人は沢山のことを考え生きています。そしてそれが刻一刻と体に伝わり影響しあっています。

操体では・・・。
この食息動想の4つの習慣が自分の今を作っているといいます。

この中でどれくらい気持ち良いことをしているか・・・。いないのか?

自分の過去を振り返って・・・。

毎日、不平不満などの辛い思いや声を聞かされて、その上で自分自身でも同じことを思い考えていました。
食事も、楽しく美味しくありませんでした。体もほとんど動かさず、部屋に閉じこもる毎日。
毎日、息を詰めて暮らし苦しかった。

そして・・・。
自分が幸せになれなかったのは・・・・。
自分自身で幸せじゃない状況を作り出していたんだと気付いたんです。

++ 絶対!変わりたい!! ++

自分の身に起こっていることは、すべて何らかの理由で自分に責任があります。

それが自然の法則です。

そして・・・。
自分自身が変われば変えられるんです。

自分は・・絶対!変わりたいっ!と思いました。

ただココでわかったことは・・・。

すべては今しかないことです!

あしたやろう、次やろう・・・では変わりません。
すべてが今しかないんです。
人は忘れやすい生き物ですし、過去のネガティブな習慣に引き寄せられやすいです。

自分も何度も失敗しました。
やろうと思ってすぐ後回しにしてしまうんです。
失敗を沢山沢山繰り返しました。

そしてだんだん・・・。
今という意味がちょっとずつわかってきました。

すべて『今』しかないんです。

今、幸せでなければ明日幸せはこない!

・・・そう感じるようになりました。
そして、いろんな事がわかり、実践するにつれて・・・。

少しずつ心の状態もカラダの状態も変わっていきました。

最初は思いから・・・少しずつ。
だんだん食事も変え・・・体も色々動かすようになり、気持ち良い動き方を探し求め・・・呼吸のことも少しずつ考え始めました。

それに合わせて自分の今の状態も少しずつ変化してきました。
つらかった腰痛や頭痛などのつらい症状も少しずつおさまっていきました。

++ 『引き寄せの法則』との出会い ++

ただ一番思考に関してはわからないことだらけでした。

そんな時であったのが・・・・。

『引き寄せの法則』でした。

引き寄せの法則とは・・・。

似たもの同士が引き寄せあうという宇宙の法則。

楽しい事を考えていると楽しいことを引き寄せて、嫌なことを考えていると嫌なことを引き寄せる法則。

ココでまた、どうして人が
幸せになれないか、思い通りに生きられないかが、深〜〜く分かりました。

そして、望むことも、望まないことも、自分がぜ〜〜んぶ引き寄せているということを知りました。

だったら自分で幸せもどんどん引き寄せようと・・・思いました^^

すべての事は自分の責任である。自分が引き起こしているんだということがより深くわかるようになりました。

自分の引き起こしてきたことからずっと逃げ続けてきた自分には・・・・とても深く響きました。

同時に自分を責めても駄目だということも知りました。

この法則に出会ったことで、思考に関してわからなかった部分がどんどん解けていきました。

そして、操体と引き寄せの法則は同じものだと知りました。

どちらも自然の法則であり、幸せになるためには詳しく知る必要がある。
そう思って。沢山沢山学びました。
本も沢山沢山買って読み、学び続けました。講習会などにも沢山参加しました。

それにあわせるように・・・。
どんどん自分の人生そのものが好転していきました。

気分も体調もどんどんよくなりました。
人に対する恐怖も人と話せる楽しみがどんどん増すにつれて、少しずつですが気にならなくっていきました。

そして整体院も独立開業して・・・患者さんに喜ばれるようになり、それに合わせて患者さんもどんどん増えていきました。

さらに今までずっと、すべてを話せる人がいなかったのに・・・。

親しくすべてを話せる信頼できる人がどんどん現れ、増えていきました。
そしてまだまだ増えそうな予感です^^

さらに良いことは続き・・・。
ヒーリング、レイキ、セラピューティック・タッチ、EFTなど色んな素敵な療法にも沢山出会い、最近また1つ素敵なホ・オポノポノというハワイ生まれの幸せの道に近づくための法則と出会いました。

そんないろいろ素敵な出会いがありました。そしてこれからも沢山あるでしょう☆

ここでもやはり、自分がすべて作っていることを学びました。
自分が素敵なものに出会いたいと思ったからこそ、出会えたんだと思います。

そして自分が作り出しているなら、どんどん自分で変えていける・・・。

そんな素敵なことを知り、気付くことが出来ました。

人が生きる道はいつでも、幸せに続く道なんだと思います。

今苦しかったとしても・・・幸せに続く道を自分が歩んでいるんだってことを知り、幸せになる方法に気付くことで、人は必ずどんな苦しいところにいても幸せいっぱいになれるんだって分かりました。

そして・・・。
自分が今までほんとに望んでいたものは愛のある家庭・幸せな家庭・温かい家庭だったんだなぁと・・・心から思います。

そして今は、そんないちばんの望みがかなおうとしているので・・・とってもとっても幸せです。
まだまだこれからのところもありますが・・・・。

きっと大丈夫です^^

母を・・・父を・・・そして家族みんなを心から愛することが出来るようになれましたから・・・。

幸せになるってホントの愛を知ることでもあるのかなって今はとても思います。

++ あなたも必ず幸せになれます! ++

そして・・・。
あなたに聴いて欲しいことがあります。

今まで良く頑張りましたね^^

もう無理を重ねる必要も頑張る必要もありません。

あなたは今まで、じゅうぶんすぎるほど頑張ってきました。無理をしてきました。
そして・・・そのことで苦しんできました。

苦労する必要も努力も要りません。苦労も努力も絶対買ってまでしない方が良いです。

しても良い努力は、楽しい心から好きなことに向けられる幸せな努力だけです^^

これからはどんどん好きなことをやってください。
そして自分自身を好きになって大事にしてあげてください☆

好きなことだけをしていれば幸せになれます。

・・・そしていろんな意味で豊かになれます。

楽しいこと、ワクワクドキドキすることにチャレンジして欲しいと思います。

幸せはそこにしかないんです。
世の中に悪いことはひとつもありません。
あるのは皆さんが幸せになる道だけです。

あなたは不幸になるために生まれてきたのではなく・・・・。
幸せになるため・・・・最高の幸せを手に入れるために生まれてきたんです。

今まで味わった辛いこと悲しいことは、幸せの大切さを知るための大事なことだったんです。

ただあなたがそのことに気付いていないだけ・・・・知らないだけなんです。

気付いたなら、知ったなら、もうどんどん望まないことはやってこなくなります。

これからあなたにやってくるのは幸せへの道だけです。

幸せへの道を歩みだし自分自身が幸せになったと感じたら、誰にでも良いので幸せをおすそ分けしてあげてください^^
そうすることで幸せがどんどん広がっていくと思います。

整体ぱざぱ院長があなたに、心から伝えたいこと☆

そして、 こんな経験をした自分だからこそ、声を大にして言いたい!

「あなたが現在どんなに不幸のどん底にいたとしても、あなたには絶対に幸せになっていただきたいのです!

私に、あなたが最高の幸せを手に入れるお手伝いをさせてください!
あなたは絶対に幸せになれます!!!」

ここまで読んでいただきありがとうございました^^

今こうしてココに生きて、皆さんにお会いすることが出来て・・・。
自分の進むべき道はココで間違っていなかったと改めて思いました。

そしてこれからどうすべきか考えた時・・・それは・・。

あなたが幸せになるお手伝いを・・・・。最高の幸せを手に入れるお手伝いをどんどんしていくことだと心から感じました。

そして名前も整体ぱざぱからHAPPYぱざぱ整体院と改名して・・・。

本格的にあなたが幸せな生き方を歩むためのお手伝いをして、
あなたを全力でサポートすることが自分の一番の喜びであり、
生き方そのものだということに気付きました。

その為に出来ることをこれからどんどん進めて行きます。

あなたが感じる最高の癒し、深いやすらぎ、
最高の幸せ作りのお手伝いをしていきます。

そして人が生きるということは一生が成長過程であり、学びであると思います。ぱざぱの藤沼も・・。これからもどんどん学び精一杯あなたのお役に立てるよう楽しい幸せな努力を続けていきます。

長文に目を通していただきありがとうございました^^

PS 

最後に・・・・・。
今、めちゃめちゃ前向きでめちゃめちゃ幸せな自分がいます。

これも自分を支えてくれた皆さん、両親、家族・・・沢山沢山の人たちのおかげだと思っています。

ありがとうございます^^

そして・・・・。
自分のようにどん底を味わっても、人は必ず幸せに・・望む道を見つけられるんだってことをみなさんに伝えて生きたいなぁと心から思います。

それが生涯、自分の生き方だと感じます。

それを伝えるには、
自分のすべてを出さないと伝わらないと思い・・

ココに「ありったけの思い」を込めて書きました^^

そして、そんなことができる今の仕事を選ぶことができて、自分はメチャメチャ幸せだなぁと感じています。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます^^

最後まで読んでくれたあなたに、伝えたい大切なことがあります!

人の心と体は、とても深いところで繋がっています。

心に悩みがあると・・・体にもその悩みが色々な形となってあらわれてきます。

それがまさに『今』のあなたです!!

あなたが不快な辛い症状を抱えて
悩んでいるなら、勇気を持ってご来院ください。

そのあなたの勇気があれば・・・

『きっと大丈夫です^^』

私があなたの力になります!

HAPPYぱざぱ整体院 院長 * HAPPY LIFE アドバイザー 藤沼 諭

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